4月(領地の繁栄と為政の心得、市町の経営と諸職業人の招致、商取引の施設と業種、諸国特産品)
<読み下し文・原文・一部大意>
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○読み下し
(往信)
久しく案内を啓せず、不審千万、何等の御事に候や。そもそも、御領興行の段、黎民の竈には朝夕の煙厚く、百姓の門には東西の業繁し。仁政の甚だしきが致す所なり。賞罰厳重にして人の堪否を知る、理非分明に物の奸直を糺すは、万民の帰する所なり。心に寛宥の扶を存し、強にその侘際を好まずんば、所領静謐の基なり。毛を吹いて過怠の疵を求むべからず。
大意:永らくご無沙汰していますが、どうしておられますか。そもそも領地を治めるにあたっては。
人民のかまどから(朝夕の食事などを用意するため)厚い煙が立ち、
(*よい政治のために人民の暮らし向きが豊かであることのたとえ。参:仁徳天皇の故事)、
人民の門には東作西収(*春に種をまいて秋に収穫する農業の意。転じて産業一般)の業が盛んであること。
これは仁政が素晴らしい事の結果です。
賞罰厳重にして、人の長所短所を知り、ものごとの筋目をはっきりさせ、よこしまなことか正しいことかを究明することは、
万民の帰順するところです。
為政者が、広く大らかな気持ちを持って、強いて人民の失意困窮を好むようなことがなければ、所領は静かで穏やかです。
毛の中まで吹き込んで傷を探し出すような、人の些細な罪や欠点を追求するようなことは、してはいけません。
およそ、先日仰せくださるる、市町興行、廻船着岸の津、ならびに狩山、漁捕、河狩、野牧の事、定めて遵行せられんか。市町は辻小路を通し、見世棚を構えしめ、絹布の類い、贄菓子、売買の便有るのよう、相計るべきなり。
招き居えべき輩は、鍛冶、鋳物師、巧匠、番匠、木道ならびに金銀銅の細工、紺掻、染殿、綾織、蚕養、伯楽、牧士、炭焼、樵夫、檜物師、轆轤師、塗師、蒔画師、紙漉、唐紙師、笠張、蓑売、廻船人、水主、梶取、漁客、海人、朱砂、白粉焼、櫛引、烏帽子。商人、酒沽、酢造、弓矢の細工、深草の土器作、葺主、壁塗、猟師、狩人。
猿楽、田楽、師子の舞、傀儡子、琵琶法師、県御子、傾城、白拍子、ならびに医師、陰陽師、絵師、仏師、摺縫物師、武芸、相撲の族、あるいは禅律の両僧、聖道浄土の碩学、顕密二宗の学生、修験の行者、効験の貴僧、智者、上人、紀典仙経の儒者、明法明経道の学士、詩歌の宗匠、管弦の上手、引声短声の声名師、一念多念の名僧、検断所務の沙汰人、清書草案の手書、真字仮字の能書、梵字漢字の達者、宏才利口の者、弁舌博覧の類、王給仲人等もっとも大切なり。
屑あるの族を招き居へ、公私の役に召し仕わるべし、毎事后信を期し候。恐々謹言
卯月五日
前采女正
中務丞殿
(返信)
仰せ下さるるの旨、畏て拝見仕り候ぬ。先度の御事書に就いて、芸才七座の店、諸国の商人、旅客の宿所、売買の津に運送し、ことごとく遵行せしめぬ。交易合期、公私の潤色、何事かこれに如かんや。定役の公事、臨時の課役、月迫の上分、節季の年預、さらに遁避すべからざるか。
およそ京の町人、浜の商人、鎌倉の誂物、宰府の交易、室兵庫の船頭、淀河尻の刀根、大津坂本の馬借、鳥羽白河の車借、泊々の借上、湊々の替銭、浦々の問丸、割府をもって、これを進上す。俶載に任せ、これを運送す。
次に、大舎人の綾、大津の練貫、六条の染物、猪熊の紺、宇治の布、大宮の絹、烏丸の烏帽子、室町の伯楽、手島の筵、嵯峨の土器、奈良刀、高野剃刀、大原の薪、小野の炭、小柴の黛、城殿の扇、仁和寺の眉作、姉小路の針、鞍馬の木牙漬、醍醐の烏頭布、西山の心太、
この外、加賀絹、丹後精好、美濃の上品、尾張八丈、信濃布、常陸紬、上野の綿、上総の鞦、武蔵鐙、佐渡沓、伊勢切付、伊予簾、讃岐円座、同檀紙、播磨椙原、備前太刀、同刀、出雲鍬、甲斐駒、長門牛、奥州の金、備中鉄、越後の塩引、隠岐の鮑、周防の鯖、近江の鮒、淀鯉、土佐材木、安芸の榑、能登釜、河内鍋、備後酒、和泉酢、若狭椎、宰府の栗、宇賀の昆布、松浦鰯、夷鮭、奥漆、筑紫穀、あるいは異国唐物、高麗の珍物、雲のごとく、霞に似たり。
交易売買の利潤は、四条五条の辻に超過し、往来出入の貴賤は、京都鎌倉に異ならず。およそ御領豊饒にして、甲乙人富宥せしめ、屋作の家風は尋常にして、上下すでに神妙なり。急ぎ御下着、高覧あるべきか。すべからく御迎の夫力者を催し進むべし。恐々謹言
卯月十一日
中務丞日奉
進上 采女正殿
原文に句読点をほどこしたもの
(往信)
久不啓案内、不審千万、何等御事候哉。仰、御領興行之段、黎民之竃朝夕之煙厚、百姓之門、東西之業繁。仁政之甚所致也。賞罰厳重而知人堪否、理非分明糺物之奸直者、万民之所帰也。心存寛宥之扶強不好其侘際者、所領静謐基也。吹毛不可求過怠之疵。凡、先日被仰下市町興行、廻船着岸津、并狩山漁捕河狩野牧事、定被遵行歟。市町者、通辻子、小路令構見世棚、絹布之類贄菓子、有売買之便之様、可被相計也。可招居輩者、鍛冶、鋳物師、巧匠、番匠、木通、并金銀銅細工、紺掻、染殿、綾織、蚕養、伯楽、牧士、炭焼、樵夫、檜物師、轆轤師、塗師、蒔画師、紙漉、唐紙師、笠張、蓑売、廻船人、水主、梶取、漁客、海人、朱砂、白粉焼、櫛引、烏帽子商人、沽酒、酢造、弓矢細工、深草土器作、葺主、壁塗、猟師、狩人。猿楽、田楽、師子舞、傀儡子、琵琶法師、県御子、傾城、白拍子、并医師、陰陽師、絵師、仏師、摺縫物師、武藝相撲之族、或禅律両僧、聖道浄土碩学、顕密ニ宗学生、修験行者、効験貴僧、智者、上人、紀典仙経儒者、明法明経道学士、詩歌宗匠、管絃上手、引声短声声名師、一念多念名僧、検断所務沙汰人、清書草案手書、真字仮字能書、梵字漢字達者、宏才利口者、辯舌博覧類、王給仲人等、尤大切也。招居有屑之族、可召仕公私之役。毎事期后信候。恐々謹言
卯月五日 前采女正
中務丞殿
(返信)
被仰下之旨、畏拝見仕候畢。抑就先度御事書、藝才七座之店、諸国商人、旅客宿所、運送売買之津、悉令遵行候。交易合期、公程潤色、何事如之哉。定役公事、臨時課役、月迫上分、節季年預、更不可遁避歟。凡京町人、浜商人、鎌倉誂物、宰府交易、室兵庫船頭、淀河尻刀禰、大津坂本馬借、鳥羽白河車借、泊々借上、湊々替銭、浦々問丸、以割府、進上之。任俶載、運送之。次、大舎人綾、大津練貫、六条染物、猪熊紺、宇治布、大宮絹、烏丸烏帽子、室町伯楽、手島莚、嵯峨土器、奈良刀、高野剃刀、大原薪、小野炭、小柴黛、城殿扇、仁和寺眉作姉小路針、、鞍馬木牙漬、醍醐烏頭布、東山蕪、西山心太。此外、加賀絹、丹後精好、美濃上品、尾張八丈、信濃布、常陸紬、上野綿、上総鞦、武蔵鐙、佐渡沓、伊勢切付、伊与簾、讃岐円座、同檀紙、幡摩椙原、備前太刀、出雲鍬、甲斐駒、長門牛、奥州金、備中鉄、越後塩引、隠岐鮑、周防鯖、近江鮒、淀鯉、土佐材木、安藝榑、能登釜、河内鍋、備後酒、和泉酢、若狭椎、宰府栗、宇賀昆布、松浦鰯、夷鮭、奥漆、筑紫穀、或異国唐物、高麗珍物、如雲如霞。交易売買之利潤者、超過四条五条之辻、往来出入之貴賤者、不異京都鎌倉。凡、御領豊饒而、甲乙人令富宥、屋作家風尋常而、上下已神妙也。急有御下着、可有高覧歟。須催進御迎夫力者也。恐々謹言
卯月十一日 中務丞日奉
進上 采女正殿