6月(盗賊討伐への出陣、武具乗馬の借用、出陣の命令系統と心得、武具・馬具の名称)
           < 読み下し文・大意>
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(往信)

此間(このあいだ)は、連々(れんれん)物?(ぶっそう)によって、互に密々の雑談(ぞうだん)を忘れ、誠に不慮の至りなり。そもそも世上すでに静謐(せいひつ)に属するの(あいだ)鵜鷹逍遥(うたかしょうよう)のために、参入を企てんと欲し候のところ、謀叛・反逆(はんげき)の凶徒、籌策(ちゅうさく)(めぐら)し、盗賊狼狽(ろうはい)の悪党を引卒し、国々に蜂起せしめ、山賊・海賊・強竊(ごうせつ)二盗の徒党、所々(しょしょ)に横行せしめ、人の財産を奪いとり、土民の住宅を追捕(ついぶ)し、旅人(りょにん)の衣裳を()ぎ取るの間、誅罰(ちゅうばつ)追討(ついとう)のため、大将軍、方々に発向(はっこう)せらるるよって、当家の一族、同じくかの戦場に馳せむかいて、城郭を破却し、楯籠(たてこも)るところの賊徒を追伐(ついばつ)して、要害を警固すべし、云々。

これによって、近日進発せしめんと欲し候処に、此間の戦場に、武具乗馬以下(いげ)(かず)を尽して失い候いぬ。着棄(めしすて)の鎧、宿直(とのい)の腹巻、ならびに御乗替(おのりかえ)等、御助成候わば、然るべきなり。今度(このたび)出立(いでたち)は、当家の眉目(びもく)、一門の先途なり。門葉(もんよう)の人々、粉骨(ふんこつ)合戦(かっせん)を致すべきの旨、約諾せしめ候。もし、存命仕り候わば、再会の時、申し入るべく候なり。なかんずく、将軍家の御教書(みきょうじょ)厳蜜(げんみつ)の上、(ほろ)御旗(みはた)等をくだし給わるの間、内戚(ないしゃく)外戚(がいしゃく)の一族、一揆せしむる者なり。

かつは戦功の忠否により、かつは軍忠の浅深に随い、朝恩に浴さんと欲す。譜代相伝の分領(ぶんりょう)、一所懸命の地においては、相違あるべからざるものか。余命(よめい)を顧みざるによって、心底を残さず候。しかしながら御許容を仰ぐ。恐々謹言

六月七日  

勘解由次官小野(かげゆのじかんおの)

謹上  後藤兵部丞(ごとうひょうぶのじょう)殿

 

(返信)

ただ今、使者を進んぜんと欲し候の処に、(さえぎって)音信(いんしん)に預り候の条、本懐に相叶うものなり。(こと)にもって喜悦々々(きえつきえつ)。そもそも戦場御進発(ごしんぱつ)の事、夜前(やぜん)始めて(うけたまわ)るところなり。綸旨(りんじ)院宣(いんぜん)は、大底(おおよそ)規式(きしき)令旨(りょうし)官府宣(かんぷせん)は、今の指南にあらず。

大将軍(たいしょうぐん)、副将軍の御教書(みきょうじょ)傍輩(ぼうはい)軍勢の催促、また信用の(かぎり)にあらず。将軍家の御教書(みきょうじょ)執事(しつじ)施行(しこう)侍所(さぶらいどころ)奉書(ほうしょ)は、規模なり。かつは嘉例(かれい)、かつは先規(せんき)なり。沙汰申さるべし。反逆の(ともがら)においては、後昆(こうこん)のために、与同(よどう)張本(ちょうほん)(やから)(のこ)さず、これを誅せらる。強竊(ごうせつ)の党類等に(いたり)ては、同意贔屓(ひいき)の徒党を尋ね(さぐっ)て、搦捕(からめと)らるべきなり。虜捕(いけどり)分取(ぶんどり)は、軍忠の専一(せんいち)軍旅(ぐんりょ)高名(こうみょう)なり。能々(よくよく)用意あるべきなり。

次に武具の事、見苦敷(みぐるしく)候といえども、紫糸(むらさきいと)青黄糸綴(もえぎいとおどし)、黒糸の(よろい)匂肩白(においかたしろ)赤革(あかがわ)黄糸(きいと)の腹巻、唐綾(からあや)小桜(こざくら)黒革威(くろかわおどし)大荒目(おおあらめ)筒丸(どうまる)?縄目(ふしなわめ)、紺糸の(おどし)腹当(はらあて)星白(ほしじろ)竜頭(たつがしら)四方白(しほうじろ)(かぶと)(おのおの)一刎(ひとはね)、同じ毛の袖、ならびに手蓋(てがい)臑当(すねあて)半首(はんぶり)唾懸(よだれかけ)鎖袴(くさりばかま)逆頬(さかつら)(えびら)胡?(やなぐい)石打(いしうち)征矢(そや)筋切府(すじきりふ)妻黒(つまぐろ)箆矢(のや)(くぐい)(とう)、鶴の本白(もとじろ)等、尻籠(しこ)鷹羽(たかのは)雁俣(かりまた)(わし)鋒矢(とがりや)(おのおの)腰当を相具す。

弓は、本重藤(もとしげどう)塗籠(ぬりごめ)糸裹(いとつつみ)等なり。弦巻(つるまき)を加うるなり。太刀は、兵庫(くさり)鳥頸(とりくび)、皆彫物。粢鍔(しとぎつば)、ならびに金作(こがねづくり)左右巻(さやまき)白柄(しらえ)長刀(なぎなた)、同じく手鉾(むま)は、連銭葦毛(れんせんあしげ)柑子栗毛(こうじくりげ)烏黒(からすぐろ)?毛(ひばりげ)黒鴾毛(くろつきけ)糟毛(かすげ)青鵲毛(あおさぎげ)髪白(ふちじろ)青鼠(あおそ)月額(つきびたい)葦毛(あしげ)(ぶち)鹿毛(かげ)雪踏(よつじろ)等、舎人、飼口(かいくち)相副(あいそ)え、金輻輪(きんふくりん)螺鞍(かいくら)白橋(しらほね)黒漆張(くろうるしばり)の鞍、(りょう)鞍橋(くらほね)、金地の(あぶみ)白磨(しろみがき)(くつわ)大形(おおぶさ)(しりがい)細筋(ほそすじ)手綱(たづな)腹帯(はるび)、豹の皮、?(かじか)鞍覆(くらおおい)、虎の皮、鹿子(かのこ)切付(きっつけ)水豹(あざらし)、熊皮の泥障(あおり)(むち)差縄(さしなわ)等、御餞(おんはなむけ)のためにこれを進じ奉る。兵粮(ひょうろう)八木(はちぼく)鞍替(くらかえ)糒袋(ほしいぶくろ)行器(ほっかい)野宿(のじゅく)(りょう)雨皮(あまがわ)敷皮(しきがわ)油単(ゆたん)等の雑具(ぞうぐ)、心の及ぶところに、これを奔走す。

兼てまた、定めて存知せらるるか。しこうして、先懸(さきがけ)分捕(ぶんどり)は、武士の名誉。夜詰(よづめ)後詰(うしろづめ)は、陣旅(じんりょ)軍致(ぐんち)なり。一命を棄てて、粉骨を(つく)さるれば、証判状(しょうばんのじょう)に載せ、後胤(こういん)亀鏡(きけい)に備えらるべきなり。心の及ぶ所、尋常の具足を尋ね進むべきの所に、折節(おりふし)所々の?劇(そうげき)大略(たいりゃく)かくのごとくに候なり。諸事御帰宅の時を()す。恐々謹言

六月十一日  

兵部丞丹治(ひょうぶのじょうたんじ)

進上  勘解由次官(かげゆじかん)殿 


大意
(往信)

この間から忙しい事柄が重なりまして、
内々に親しくお話し合いもできず、全く残念至極のことでございます。

そもそも、世の中が静まり返っているので、
鵜で魚を取ったり、鷹で鳥を取ったりしたいと思っていたところ、

謀反・反逆の危険な輩が謀をめぐらし、
盗賊狼藉の悪党を引率して国々に蜂起させ、

山賊・海賊・強盗・窃盗の徒党があちこちに横行し、
人の財産を奪い取り、住民の住宅を乗っ取り、
旅人の衣装をはぎ取ることが起きています。

その誅伐・追討のために、大将軍が、方々の者たちに立ち向かわせ、
当家の一族も同じように、その戦場に馳せ向かって、城郭を破り、
たてこもっている賊徒を追伐し、要害を警護せよ、云々。

これによって、近日出発したいと思ったのですが、この間の戦場に、
武具・乗馬以下、大量に失ってしまいました。

雑兵・士卒の鎧、並びに乗り換え用の馬など、ご助成いただけるなら
そうしていただきたいのです。

この度の出立は、当家のほまれ、一門の肝心かなめです。
一門一族、粉骨の合戦をいたします。その旨、お約束いたします。

もし幸いに命ながらえることができたならば、再びお目にかかれた
その時に、お礼を申し上げます。

とりわけ将軍家の御教書については、手落ちなきよう厳しく目を行き届かせ、
「ほろ」や「御旗」を下したまわるからには、父方・母方につながる一族、
一致団結して命運をひとつにする次第です。

戦闘で功をたて、軍陣で忠節に励むことにより、
朝廷よりのおほめを頂戴できるなら(たとえわが身は討死しても)、
譜代相伝の分領や一所懸命の地は、間違いなく子孫に伝えられるでしょう。

命ながらえようなどとは思っていませんので、心に思うことを、
すべてそのままに書き記しました。お許しください。



(返信)

ただ今使者を差し上げようとしていた所です。
逆に音信をいただき、本懐にふさわしいものとなりました。
大変よろこばしいことです。

そもそも、戦場に御進発なされることにつきましては、
昨晩、初めて承ったところです。

綸旨・院宣は、大かたは決められた作法の通り、
令旨・官符宣は、今、教えることではありません。



〇語句【綸旨】:勅旨(律令制における天皇の命令書である勅書
の一種である公文書)を受けて、蔵人(くろうど:
律令制下の令外官の一つ。天皇の秘書的役割を果たした。)
から出す文書。

〇語句「令外官(りょうげのかん)」:
律令の令制に規定のない新設の官職。
現実的な政治課題に対して、既存の律令制・官制にとらわれず、
柔軟かつ即応的な対応を行うために置かれた。

〇語句【院宣(いんぜん)】:上皇・法皇からの命令を受けた院司が、
奉書形式で発給する文書。天皇の発する宣旨に相当する。
院庁下文よりも私的な形式。

〇語句「院司(いんし、いんのつかさ)」:、日本の中世・古代において、
上皇や女院の直属機関として設置された院庁の職員。
中流貴族が任命されることが多く、他の官職と兼任する兼官だった。



(解釈混乱のため原文のまま):
<大将軍・副将軍の御教書、傍輩軍勢の催促、また信用の限りにあらず。
将軍家の御教書、執事の施行、侍所の奉書は、>

・・・は、諸人の目当てとして手本となり、時の面目です。
一方では目出たい先例、一方では以前からの決まりです。
処置なさるべきです。

反逆の輩においては、後世の人のために、それに与する人々や
発起人の者どもを、残さず罪を咎めて、処刑しなさい。
強盗の党類に至っては、同意・ひいきの徒党を尋ね探って、
からめとるべきです。

生け捕り、武器などの奪い取りは、戦場にあっての要諦、
軍陣における手柄です。よくよく心得るべきです。

(以下、ほとんど武具の名前)

次に武具の事、見苦敷(みぐるしく)候といえども、

紫糸、青黄糸綴、黒糸の鎧、匂肩白、赤革、黄糸腹巻、唐綾、
小桜、黒革威、大荒目の筒丸、?縄目ふしなわめ、紺糸の威、
腹当、星白、竜頭、四方白の甲、おのおの一刎(ひとはね)、
同じ毛の袖、ならびに手蓋、臑当、半首、唾懸、鎖袴、逆頬、箙、
胡?やなぐい、石打の征矢、筋切府、妻黒箆矢、各(おのおの)腰当を相具す。

弓は、本重藤・塗籠・糸裹等なり。弦巻を加うるなり。
太刀は、兵庫鎖・鳥頸、皆彫物。粢鍔、ならびに金作の左右巻、白柄の長刀、

同じく手鉾馬(むま)は、
連銭葦毛、柑子栗毛、烏黒、ひばりげ、黒鴾毛、糟毛、青鵲毛、
髪白、青鼠、月額、葦毛、駮、鹿毛、雪踏等、
舎人、飼口(かいくち)を相副(あいそえ)、

金輻輪の螺鞍、白橋、黒漆張鞍、料の鞍橋、金地の鐙、白磨の轡、
大形の鞦、細筋の手綱、腹帯、豹の皮、?かじかの鞍覆、虎の皮、
鹿子の切付、水豹、熊皮の泥障、鞭、差縄等、

御餞(おんはなむけ)のためにこれを進じ奉る。

兵粮の八木、鞍替の糒袋、行器、野宿の料の雨皮、敷皮、
油単等の雑具、心の及ぶところに、これを奔走す。


以前より、きっと、知っておられることでしょう。
そうして、真っ先に敵中に攻め入ること、武器などの奪い取りは、
武士の名誉です。

夜攻め、敵の背後に回っての攻撃は、軍陣における作戦のかなめです。
一命を捨てて、力の限り努力すれば、証判状(感状)に載せ、
子孫の手本に備えることができます。

(感状:武将が部下の功労、とくに戦功を賞して与える文書。
武士にとって、これを与えられることは最大の名誉とされた。)


心の及ぶ所に従って、適正な具足を尋ね差し上げるべき所でしたが、
折しもあちこち慌ただしく、大体このようなことでございます。

諸々のことはご帰宅の時に期待しています。