8月(司法制度、訴訟手続き、問注所・侍所の組織と職掌)
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(往信)

下着(げちゃく)以後、久しく案内を(けい)ざるの条、(ほと)んど往日の芳恩(ほうおん)を忘るるがごとし。(すこぶ)る胸中の等閑(とうかん)にあらず。ただ自然の懈怠(けたい)なり。恐れ入り候。そもそも洛陽の静謐(せいひつ)、田舎の旡為(ぶい)貴辺(きへん )の御本望なり。愚身(ぐしん)快楽(けらく)察せらるべきなり。中につき、御引付(おんひきつけ )の沙汰、定めて行われ候か。

所領の安堵(あんど)、遺跡の相論、越境違乱(おっきょういらん)の間、参訴(さんそ)を致さんと欲するの処、此間(このあいだ)の疲労、所領の侘祭(たくざい)(人篇)合期(ごうご)しがたく候。貴方(きほう)御扶持(ごふち)(たの)みて、代官(だいかん)を進ずべきなり。短慮未練の(じん)、稽古せしむるの程、御詞(おことば)を加えられずんば、越度(おつと)出来(いでき)たらんか。草案の土代(どだい)を書き与えられ、奉行所に引導(いんどう)せらるれば、恐悦(きょうえつ)に候。

引付(ひきつけ)問注所(もんちゅうじょ)上裁勘判(じょうさいかんばん)(てい)異見議定(いけんぎじょう)の趣、評定衆(ひょうじょうしゅう)以下(いげ)、これを注し給わるべし、御沙汰(ごさた)の法、所務の規式(ぎしき)雑務(ぞうむ)流例(りゅうれい)成敗(せいばい)下知(げじ)し、傍例律令(ぼうれいりつりょう)、武家の相違、存知(ぞんち)し仕り度く候。

晩学に候といえども、蛍雪讚仰(けいせつさんぎょう)の功、(むなし)かるべからず。古き日記、法例、引付(ひきつけ)を借し給わば、管見(かんけん)(うかがい)を成し度く候。心事腐毫(ふごう)に及ばず、しかしながら、面拝(めんぱい)の時を()し候。恐々謹言

七月三十日 

加賀大丞和気(かがだいじょうわけ)

進上  民部大夫(みんぶだゆう)殿


(返信)

指したる事()きによって、常に申し(つう)ぜざること、疎略(そりゃく)の至り、驚き入り候の処、芳問(ほうもん)の条、珍重々々。日来(ひごろ)の本望、(たちまち)にもって満足仕り候いぬ。庶幾(そき)、何事かこれに()かんや。四海太平(しかいたいへい)一天静謐(いってんせいひつ)の事、人々の攘災(じょうさい)所々(しょしょ)幸祐(こうゆう)なり。御沙汰の事、既に厳密に()り行わるるなり。さらに停滞預儀(よぎ)の政道に非ず。訴訟(そしょう)もし悠々緩怠(ゆうゆうかんたい)の儀あらば、御在洛(ございらく)(ついえ)なり。活持(かつじ)計略(けいりゃく)を用意せらるべし。まず挙状代(きょじょうだい)を進ぜらるれば、公所(くしょ)の出仕、諸亭(しょてい)経廻(けいかい)、図師に申すべきなり。

奉行人(ぶぎょうにん)賄賂(わいろ)衆中(しゅちゅう)属託(ぞくたく)上衆(じょうしゅう)秘計(ひけい)口入(くちいれ)頭人(とうにん)内奏贔屓(ないそうひいき)、機嫌を(うかが)い、これを申すべし。譲状(ゆずりじょう)謀実(ぼうじつ)越境(おっけい)相論(そうろん)、いまだ甲乙の次第(しだい)(わかた)ず。譜代相伝(ふだいそうでん)重書(じゅうしょ)等は、引付方(ひきつけかた)において、御沙汰に()わるべし。

頭人(とうにん)上衆(じょうしゅう)闔閤(かいこう)右筆(ゆうひつ)、奉行人等、終日(ひねもす)御評定(ごひょうじょう)を為して、窮屈(きゅうくつ)ありといえども、さらに御休息なく、これを勘判(かんぱん)せらる。問注所の(くばり)について闔閤(かいこう)重ねてこれを賦る、執筆(しゅうひつ)問状(もんじょう)の奉書を訴人(そにん)に書き与えるの時、両度に及んで、旡音(むいん)ならば、使節に(おおせ)て、召府(めしふ)をくだされ、違背(いはい)散状(さんじょう)()いては、(ただち)に訴人に下知せらるべし。召し進ぜしむるの時は、訴状を(ほう)じくだせられ、三問答(さんもんどう)訴陳(そちん)(つが)い、御前(ごぜん)において対決を遂げ、雌雄の是非に任せ、奉行人に事書(ことがき)を取捨せしめ、引付(ひきつけ)に於て御評定(ごひょうじょう)の異見を(うかが)い、成敗せしむる所なり。

問注所(もんちゅうじょ)は、永代の沽券(うりけん)安堵(あんど)の年記、放券(ほうけん)の奴婢、雑人(ぞうにん)券契和与(けんけいわよ)の状、負累(ふるい)の証文等の謀実(ぼうじつ)、これを糾明す。管領(かんりょう)寄人(よりうど)右筆(ゆうひつ)奉行人(ぶぎょうにん)等の評判なり。奉行人、差府方(さしふかた)与奪(よだつ)を得て、当参(とうざん)(じん)には、書下(しょげ)を成し、下国(げこく)の時は、奉書を下し、しこうして旡音(むいん)の時は、使者に召文(めしぶみ)をくだし、訴陳(そちん)の状を調べ、当所の執事(しつじ)、年々の管領(かんりょう)、奉行人等に相対し、問答を致し、沙汰を披露すべし。探題(たんだい)の異見に()き、下知(げじ)を加うる所なり。

侍所(さむらいどころ)は、謀叛(むほん)殺害(せつがい)、山塊の両賊、強竊(ごうせつ)の二盗(にとう)、放火、刃傷(にんじょう)打擲(ちょうちゃく)、蹂躙、勾引(ひとかどい)、路次の狼藉、闘諍(とうじょう)、喧嘩等なり。管領、執事、奉行人、検断の所司代、訴状を右筆に(くば)の時は、小舎人(ことねり)あるいは下部(しもべ)等をもって、犯人を侍所に召出(めしいだ)し、申す(ことば)を記録し、言色体(げんしょくてい)の嫌疑によって、犯否(はんぴ)を糾明するの時、犯す所すでに(のが)るる所なくんば、すなわちこれを召し籠め、あるいは推問(すいもん)、拷問、拷扨(こうじん)等に及び、これを尋ね探して、与同(よどう)党類(とうるい)等を尋ね捜して、斬罪にすべき者をば、これを(ちゅう)せられ、(いまし)むべき者をばこれを禁獄し、流刑すべき者をば、流帳(るちょう)(しる)さる。、この外、火印(かいん)、追放以下(いげ)(つみ)の軽重、その人の是非に(したが)って、これを行わるべし。

次に寺社の訴(そしょう)は、本所の挙達(きょだつ)(つき)て、これを是非せられ、越訴(おっそ)覆堪(ふくかん)は、探題管領の与奪(よだつ)によって、之を執行せらる。事を庭中(ていちゅう)に奏す。家務の恩賞、方法の規式(ぎしき)(あげ)(かぞ)うべからず。その旨趣(ししゅ)(つぶさ)に紙上に尽しがたし。御上洛の時、心の及ぶ所、(ほぼ)申さしむべく候なり。恐々謹言

八月七日  

散位長谷部(さんいはせべ)

謹上  (たい)(じょう)殿